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翻訳『ハリー・ポッター』の文章・ことばの特徴
 日本語版では訳語に使用されていることばが「古風・和風」な部分があります。翻訳という性質上、カタカナをそのままあてることは抵抗があるのかもしれません。5巻を読み返してみましたが、時代劇・落語などの雰囲気を感じさせるようなことば(例:がってん承知、じゅげむ、隠密など)、仏教由来のことばを用いて翻訳することも多いように感じます。(例:あみだ被り、南無三、阿鼻叫喚など)
 翻訳というのはどこまで訳すかというのはかなり難しい問題だと思います。ハリー・ポッターに関していえば、カタカナの多用を避け、できるだけ日本固有のことばに置き換える傾向が強いと言えます。こうした翻訳は好みが分かれると思いますが、結局のところ誰にとっても満足いく翻訳というのはありえないことだと言えるでしょうし、訳された当時はよくても、数年、数十年と経つうちに時代に合わないものになったりします。金原瑞人氏の文章は翻訳作品を読む上で参考になります。
 (略)国内作家の作品にくらべると翻訳物ははるかに時代の影響を受けやすい……というか、時代の影響が大きい。翻訳というものは、原作と、それが翻訳される国の時代・社会・訳者とが切り結んだ、その場その場での瞬間的な仮の像なのだから。永続性はない。日に日に古くなる、それが翻訳物の宿命である。
 (略)
 だから、英語をそのまま片仮名にして使えるものが多くなってきて、訳者はかなり楽になってきている。が、一方、使えない言葉、使わないほうがいい言葉も増えてきている。
 たとえば、「市松模様」とかはさすがに古いイメージが強すぎて、もう使う人はいないだろう。というか、若い人だとそもそもそんな言葉は知らないと思う。それに「碁盤の目」も、もう使わなくなった。しかし面白いことに、若い人でも「心臓が早鐘を打つ」は使うことがあって、こちらとしては「?」と思ってしまう。逆に、なんで、こんな言葉を知っているんだろうと、首をかしげたくなる。まあ、翻訳には使わない方がいいと思う。(※1より)
  こちらの元の文章は非常に興味深いことがいくつかかかれています。翻訳に多くを求めたとしても、長く親しまれる訳というのは本当に難しいことなのかもしれません。いつの時代にも合う翻訳というのは不可能なのかもしれません。そういえば、「心臓が早鐘を打つ」という表現はハリー・ポッターでは何度か使われている表現でした(5巻上P445、5巻下P116)。ハリー・ポッター翻訳中では古い表現と難解漢字を使う傾向が強いようです。それにしても「おかめ」と「ひょっとこ」というのは日本的すぎて気になりました。次に日本的なことばへ翻訳されたものを挙げておきます。原文と比較してみるとまた違って見えるかもしれません。

翻訳に関しての参考サイト
※1児童文学書評あとがき大全「翻訳について(どこまで訳すか、どこで妥協するか、どこで歩み寄るか、どこで失敗するか)
(翻訳についていろいろ書かれていますので、「あとがき大全」バックナンバーもオススメです)
また、こちらの内容は『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』(牧野出版)にも掲載されています。

日本的なイメージのものへ翻訳
「(略)客間の文机(ふづくえ)に何か閉じ込められているの(略)」
(5巻第5章P140)
...there's something trapped in that writing desk in the drawing room,...
(ハードカバーP81)
参考サイト:コクヨの文机
「韻を踏ませる言葉が見つからなかったんだ。『でぶっちょ』と『おかめ』に――あいつの母親のことを歌いたかったんだけどねえ――」
(中略)
「――『役立たずのひょっとこ』っていうのも(略)」
"But we couldn't find rhymes for fat and ugly --we wanted to sing about his mother, see --"
(略)
"--we couldn't fit in useless loser either -- for his father, you know -- "
(ハードカバーP365)
醜い(ugly)に「おかめ」の訳、loser(敗者)に「ひょっとこ」の訳をあてています。

ハリーはベット脇の小机にメガネを置き、
(5巻下第71章P70)
Harry put his glass on his bedside table and ...
(ハードカバーP407)
小机:bedside table (既出 4巻P30)
ベットの脇机
(5巻第26章P262)
bedside table
(ハードカバーP517)
小机、脇机と訳してあります。

厨(くりや)に下りてきてくれる?」
(5巻下第24章P157)
"could you come down to the kitchen?"
(ハードカバーP457)
kitchenの訳語
ダーズリー家:キッチン
隠れ穴:キッチン、台所
ホグワーツ:厨房
グリモールド・プレイス:厨房、厨(くりや)
kichenの訳語を場に応じて変えてあります。
豆唐傘
(5巻第25章P236)
paper umbrella
(ハードカバーP502)
※3巻既出
ペーパーアンブレラ=豆唐傘です。三本の箒での飲み物の飾りです。
海老で鯛を釣ったようなものじゃな??
(5巻第27章P311)

It's like losing a Knut and finding a Galleon, isn't it
(P546)

英語では「クヌートなくしてガリオンを見つける」という表現です。


会話中の表現

がってん承知
フレッドが朗らかに答えて(略)
(5巻上第6章p171)

"Right-o",Fred said brightly,...
(ハードカバーP97)


「(略)――みんながヴォル――」 
 ロンが突然息を呑む音がした。
「――デモートに与(くみ)するのを」
(5巻上第6章P163〜164)
"...all they've really said is that Order's trying to stop people joining Vol--"
"--demort," said Harry firmly.
joinが「与する」と訳されています。
驚き、桃の木」ネビルの後ろを歩きながら、ロンが呆れたように言った。「いったいあれは、なんだったんだ?」
(5巻第17章P569〜570)
"What in the name of Merlin," said Ron slowly,as they followed Neville, "was that about?"
in the name of Merlin:イギリスの魔法使いマーリン使った慣用句。本来はin the name of God / in God's nameで「いったいぜんたい」の意味。
参考サイト:フラミンゴビーチ
「なのに、その頭(かしら)のところまで、のこのこ参上(さんじょう)したの?」ハーマイオニーが息を弾ませた。
「うー……参上ちゅうか、下っていったんだがな。(略)」
"And you just walked up to him?" said Hermione breathlessly.
"Well...down ter him, ..."
(P378)
ドビーめはご注進に参りました。
(5巻第27章P293)
Dobby has come to warn you...
(P535)
「ハリー、後生(ごしょう)だから!」
(5巻第32章P490)
"Harry, I'm begging you, please!"

描写のことば

タペストリーは古色蒼然(こしょくそうぜん)としていた。
(5巻上第6章P182)
The tapestry looked immensely old;
(P103)
immensely:[強意語として]とても、ずごく、非常に;莫大に、広大に、計りしれないほど

古色蒼然(こしょくそうぜん)たる魔法使いたちの小集団が見えた。
(5巻下第31章P452)
Through the doors to the Great Hall they could see Umbridge standing with a small group of ancient-looking witches and wizards.
(P626)

ancient:古代の, 昔の; 古来の; 年老いた; 古臭い
古色蒼然 : ひどく古びたさま。いかにも古めかしいさま。
金色(こんじき)に輝く記号が象嵌(ぞうがん)され
(5巻上第7章P206)
The peacock blue ceiling was inlaid with gleaming golden symbols...
(P117)
inlaid:(模様、金、宝石などが)はめこまれた、ちりばめられた;象眼細工をした、象眼模様で装飾した
新しく到着した生徒がハリー、ロン、ハーマイオニーの周りに集まり、三三五五座った。
(5巻上第16章P533)
In two and threes the new arrivals settled araound Harry, Ron, Hermione,...
(P303)
in two and three:三三五五、ちらほら
「ザ・クィブラー」のインタビューがもたらした幸福感は、とっくに雲散霧消(うんさんむしょう)していた
(5巻第27章P289)
... had long since evaporated.
evaporate: 蒸発する; 湯気を出す; 消失する
南無三!」試験のことをすっかり忘れてしまったかのように、トフティ教授が叫んだ。
(5巻第31章P469)
"Galloping gargoyles!", shouted Professor Tofty, who also seemed to have forgotten the exam completely.
(P636)

Goodness gracious!の意味らしいです。感嘆のことばで直訳は「疾駆するガーゴイル」。
参考サイト:THE pensieve

(P533) 隠密(おんみつ)探知呪文
(5巻第32章P499)
Stealth Sensoring Spell
(P654)
「どうせまた、じゅげむじゅげむでしょうよ」
(5巻第35章P551)
"Something blibbering, no doubt,"
(P684)
「だけど、ブリバリング・ハムディンガーとか、しわしわ角スノーカックがいるなんて、昔は誰も信じていなかったんだから!」
(5巻第13章P413〜414)
"but people used to believe there were no such things as the Blibbering Humdinger or the Crumple-Horned Snorkack!"
(P239)
2chのキャッシュサイトにこちらの解説があり、参考にさせていただきました。Something blibberingはthe Blibbering Humdingerを受けたことばのようです。「じゅげむじゅげむ」でイメージするものは? 意味のない無駄なことということを意訳したのかも。
潰れた棚が轟音をあげ、折り重なって崩れ落ちた。喚(わめ)き声、呻(うめ)き声、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の中を、球から放たれた「予見者」の切れ切れの声が不気味に響く――。
(5巻第35章P569)

they were all yelling, there were cries of pain, and thunderous crashes as the shelves collapsed upon themselves, weirdly echoing fragments of the Seer unleashed from their spheres -
(P694)

「阿鼻叫喚」はどの部分のことなのかよくわかなないのです。すみません。

難解漢字の多用
5巻で出てくる難解な読みの漢字を取り上げてみました。ルビはありますが、できるだけ漢字を使うようにしているのではないか、と感じます。ルビは振ってあるものの、通常の児童書よりも難解な漢字が多いと思います。漢字の多用によって文体が古めかしい雰囲気を持っているように感じられるところもあります。そのため、物語の舞台は現代であるのに、少し時代が古いような印象を与えているようにも思えます。

地面(じべた)
(5巻第1章P33)
漣模様(さざなみもよう)
(5巻上第2章P43)
捩(よじ)れた
(5巻上第1章P20)
最初の件(くだり)をことさらに強調した。
(5巻上第5章P146)
瘡蓋(かさぶた)粉
(5巻上第6章P191)
啜(すす)り泣き
(5巻上第6章P191 )
嗚咽(おえつ)を漏らし 
(5巻上9章P282)
燦々(さんさん)と
(5巻上9章298)
滲み(しみ)こむ
(5巻上第13章P420)
何か閃(ひら)めかないかと、
(5巻上第13章P423)
血が滲(にじ)み出してきた
(5巻上第13章P426)
※前出「滲みこむ」と同じ漢字の読み違い

ダンブルドアを取り巻く危険な輩(やから)
(5巻第14章P469)
※パーシーの手紙の部分。パーシーは18歳ですが「やから」という言い方が若くないイメージ。
dangerous crowd around Dumbledore's
(P267)
ちなみに「塵芥(ちりあくた)の輩(やから)」(5巻上第4章P129)は
By-product of dirt and vileness!

鞣(なめし)革のような
(5巻上第14章P444)
咽(む)せて 
(5巻上16章P547)
歯軋(ぎし)りした。
(5巻第17章P579)
泥濘(ぬかるみ)が深くなる中を
(5巻上第18章P596)
縺(もつ)れ合う
(5巻第18章P599)
躓(つまづ)いたり
(5巻第18章P601)
煽(あお)られて
(5巻第18章P610)
むず痒(かゆ)かったが
(5巻上第18章P618)
金色(こんじき)の煌(きらめ)き
(5巻上第19章上P639)
箒(ほうき)に跨(またが)って
(5巻上第19章P639)
耳を劈(つんざ)く
(5巻上第20章P642)
呻(うめ)き声
(5巻上第19章P645)

喚(わめ)けば
(5巻上第19章P649)
羽撃(はばた)いて
(5巻上第19章P651)
引き攣(つ)って
(5巻上第19章P654)
睫毛(まつげ)
(5巻下第21章P64)
縋(すが)る
(5巻下第21章P67)
つけ睫(まつげ)
(5巻第22章P103 前出「睫毛」と漢字違い)
黴菌(ばいきん)
(5巻下第23章P118)
思(おぼ)しい
(5巻下第24章P161)
囀(さえず)り
(5巻下第24章P169)
赤く爛(ただ)れた
(5巻下第24章P183)
心を克(よく)せ
(5巻下第24章P186)
喘(あえ)ぎ
(5巻下第24章P186)
呷(あお)った
(5巻下第25章P227)
打ち萎(しお)れた
(5巻下第25章P228)
啜(すす)り
(5巻下第25章P235)
歯痒(がゆ)かった
(5巻下第26章P247)
泣き喚(わめ)いた
(5巻下第26章P274)
恥曝(さら)し
(5巻下第26章P275)
痣(あざ)
(5巻下第27章P289)
戦(おのの)いている
(5巻下第27章P294)
飛び退(すさ)り
(5巻下第27章P301)
燻(くすぶ)り
(5巻下第27章P301)
逡巡(ためら)わなかったら
(5巻下第26章P247
水遣(や)り
(5巻下第26章P256)
跪(ひざま)いている
(5巻下第26章P267)
瞬(しばた)いた
(5巻下第27章P314)
濛々(もうもう)と
(5巻下第27章P314)

蹲(うずくま)って
(5巻下第27章P315)
尾鰭(おひれ)
(5巻下第28章P330)
童(わっぱ)
(5巻下第28章P336)
素頓狂(すっとんきょう)
(5巻下第28章P357)
火を熾(おこ)す
(5巻下第29章P375)
すべての廉(かど)
(5巻下第29章P383)
譫(うわ)言
(5巻下第29章P395)
虱潰(しらみつぶ)し
(5巻下第29章P395)
嗄(かす)れた
(5巻下第29章P245)
大音声(だいおんじょう)
(5巻下第31章P469)
引き攣(つ)った
(5巻下第32章P482)
眩暈(めまい)
(5巻下第32章P497)
蠢(うごめ)く
(5巻下第32章P497)
拗(す)ねた
(5巻下第32章P512)
劈(つんざ)く
(5巻下第32章P519)
嘶(いなな)き
(5巻下第32章P522)
痺(しび)れ
(5巻下第33章P525)
捌(は)け口
(5巻下第33章P526)
鬣(たてがみ)
(5巻下第33章P526)
撒(ま)き散らされた
(5巻下第34章P536)
徴(しるし)
(5巻下第34章P541)
眩(まばゆ)い
(5巻下第34章P552)
雨霰(あめあられ)
(5巻下第35章P568)
頽(くずお)れて
(5巻下第35章P576)
抉(えぐ)れて
(5巻下第35章P586)
漣(さざなみ)
(5巻下第36章P612)
碌(ろく)でなし
(5巻下第37章P621)
吠え哮(たけ)り
(5巻下第37章P625)
嵌(はま)って
(5巻下第37章P628)