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5巻ネタばれ「見えない馬セストラル」  みちえさんより (2004/5/7のメールより。サイトUPは9/23)
         
 人の死を体験した者にしか見えない馬(肉食の馬というのも変ですが) というのはなかなかおもしろいアイデアですが、 ハリーは物心つく前とは言え、母親の死ぬところを目撃したわけで、 なぜ前の年まで見えなかったのだろうという疑問は残ります。
RE:5巻ネタばれ「見えない馬」  kmy (2004/9/23)
         
 このこと2004年5月のメールでみちえさんに頂いたお話です。確かに5巻を読み始めて「あ、だから今年は見えるんだ」と思いました。みちえさんの指摘の通りハリーは一才のときに両親ともどもヴォルデモートの襲撃を受けているわけですから「死を体験する」ということ自体がセストラルが見える条件であれば入学当時から見えていてもおかしくないですよね(ルーナ・ラブグッドのように)。しかし、セドリックの死を体験したから見るようになったと考えるならば、「人が死ぬことを体験してそれを自身が理解すること」によって見えるのではないか、と考えてみました。赤ん坊だったハリーは両親が目の前で殺されたとしても、死を実感する年齢ではなかったことになります。いわば「死の衝撃を味わうこと」によってのみセストラルが見えのではないでしょうか。ところが、この考えにも穴があります。4巻のラストでその馬に引かれた馬車に乗って駅へいく場面があります(4巻下 P560) 。馬車に乗り込むときに見えなかったのでしょうか? 見えたなら5巻で驚かないはずですよね。最終的に無理やり仮説を立ててみれば「死の衝撃を味わって約2ヶ月以上たってから」見えるのかもしれません。とっても複雑な魔法の生物です、セストラル。と、ここまで考えてみてからあちこち調べてみました。

 注意深い読者の方はお気づきでしょうが、教科書『幻の生物とその生息地』(邦訳版 P99)「ウィングド・ホース 天馬」の項に載っていることがわかります。「希少種セストラル」ということで消える魔力を備えるなどの解説が載っています。このあたり、よく考えられていると感じますよね。もともと何が馬車を引いているか作者は想定して教科書にも載せていたのでしょう。

 このように、わたしなりに仮説を立てて考えていたのですが、作者ではこのことに対しては考え抜いてあったことが明らかになりました。すでにご存知の方も多いと思いますが、エジンバラ・ブックフェスティバル(2004/8/15)において、どうして5年生になってセストラルが見えたのか、ということについて作者自身からお話がありました。これによると、ハリーが以前から死を体験していたのに、前年まで見えなかったことは誤りではない、ということを述べています。ハリーの両親が死んだときには、実際にはベビーベットにいて両親の死を見ていないし、見たとしても死を理解できる年齢ではなかったため、セストラルは見えないということです。では次にクィレル教授の場合については、クィレルが死んだときにハリーは無意識だったとのこと。セドリックの場合は死を体験していますが、作者のよると、死別の衝撃はすぐに受けるけれども、故人にはもう二度と会えないということを認めるには少し時間がかかるものなのだと。そう状態になるまでハリーはセストラルを見れないだろうということで、5年生になって初めて見えたということらしいです。最終章でセストラルが見えるということを書くのは蛇足だとも述べていますから、あえてカットしたのでしょう(後でファンから指摘されることも念頭においてあったように感じる説明です)。あら、なんだか本を読んで考えていたことが、答えあわせになっていました。少しだけ残念な気分。考えて見ることは楽しいことですしね。
 物語の効果としても5巻の登場のほうが驚きを伴いますし、何よりルーナとの接点として重要な役割を担っているとわたしは感じます。ホグワーツ入学前にすでにこうした体験をもっていた学生はどのくらいいるのでしょうか。そして二年生のときからルーナのように見えていたのですよね。ネビルは二年生のうちから見えていたのでしょうか。セストラルのことで、またネビルに対する興味が沸いたわたしです。
 

参考サイト:bloomsbury社 エジンバラ・ブックフェスティバル
      ローリング公式サイト内に日本語ページがあります。